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2012-01

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樽は遠くより旅をして。その3 マルティニーク

そんなマルティニーク島は、
日本と縁がある島のようです。
かの文豪・小泉八雲もこの島に滞在していましたし、
年配の方にはご存知の
新田次郎氏の短編小説熱雲の舞台でもあります。
この島の事を調べるまで知りませんでした。
(新田次郎のことは知っていましたよ。)

このマルティニーク島もジャマイカと同じく
コロンブスが新大陸を探しに
4度目に航海の時に
発見した島のようです。

M1

原住民の言葉で
花の島・女性の島に由来し
「世界で最も美しい場所」とコロンブスが
絶賛した島のようです。

M2

日本との時差は13時間のこの島は、
1658年。フランス軍により島民がことごとく
絶滅に追い込まれ
その後、アフリカより奴隷貿易で連れて来られた
黒人によってサトウキビ・プランテーションの島として
姿を変えてしまいます。

広さは、伊豆半島ほどの大きさに
40万人もの人が暮らしています。
現在もこの島は、フランスの海外県であり、
フランスでも有数の一級リゾート地として
名を馳せています。

M3

現在でもマルティニーク島内で
コーヒー豆生産されているようです。
しかし輸出するほどの量でもなく
島内消費に留まっているようです。
最後に輸出されてたのは30年も前だとか。

いつか口にしたいコーヒーです。
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金沢屋看板2

1月27日
看板の打合せ2回目で今日も現場に寄ってきましたが昨日の雪がかなり残っていました。
冬はこんな感じでしょうかね!
でも金沢城の雪景色も中々いいもんですね、写真を撮ってくれば良かったのですが時間がなく撮り忘れました。
こんど雪景色の良いところとって案内いたします。

肝心の看板ですが以前よりだいぶ良くなっていて少しだけ調整しますがほぼこんな感じですね。
DSC01248_convert_20120127193435.jpg

樽は遠くより旅をして。その2 ジャマイカ・ヒストリー

では、いつから栽培されていたのでしょうか?
文献を紐解くと、1720年代にイギリスの植民地
であるジャマイカへ総督として派遣されていた
ニコラス・ローズ卿によって同じカリブ海の島
ウィニング・ワード諸島のひとつ
マルティニーク島から輸入したとされています。
blue4.jpg


マルチニークのコーヒーは、1717年
フランスの海軍将校
ガブリエル・ド・クリューが、
苦心の末、この島に運んだ1本の苗木から始まり
その輸入した苗をブルーマウンテン地区の
テンプル・ホールの所有地に植えたのが
ジャマイカのコーヒーの始まりです。

blue5.jpg

その後、ジャマイカのコーヒー栽培は、
ハイチで起こった革命で
難民となりジャマイカにたどり着いた
人たちの栽培方法や生産技術により、
急速に発展していきました。
しかし奴隷解放運動が起こると、
奴隷として働いていた人たちが
島を出て行く者も現れ、労働力不足が起こります。
また、放棄した農園を取り込み、農園の拡大も起こりました。
その結果、肥沃な土地が侵食され、環境が激変。
ジャマイカのコーヒー栽培は衰退の一途を辿ります。

その後、1943年。
現在のジャマイカコーヒー産業の生みの親とも言うべき
イギリスの農業アドバイザー、A.J.ウェイクフィールド氏が
コーヒ産業復興計画を作成。
1948年にコーヒー産業公社を設立。
やがて、世界最高のコーヒー国して現在に至るのです。

blue03.jpg


1953年。ジャマイカ政府は法律によって、
ブールーマウンテンが生産されているこのエリアと
他のエリアとの間にはっきり境界線を引きました。
このことによって、ブルーマウンテンの名称は、
この地区で栽培されたのだけがコーヒー豆だけに
与えられるようになりました。

金澤屋本店 看板合わせ

1月20日
久しぶりに金澤屋珈琲店工事現場に立ち寄りました。
看板の打ち合わせと設置詳細の現場合わせのためですが看板を決めるのは中々難しい、原寸サイズのプリントを持ち込み看板屋さんと詳細を打ち合わせ再度来週現場で詳細を決めます。
看板_convert_20120121132448
看板をイメージしているといよいよと焦ってきました。
まだまだ詳細は決まらないままスケジュールが埋まってきました。
看板2_convert_20120121154133


樽は遠くより旅をして。その1

前回ブルーマウンテンの樽
お話をしましたね。
今回は、そのブルーマウンテンの産地
ジャマイカ辺りのお話です。

日本から遠く約12000km。
アメリカ大陸と南アメリカ大陸の間にある
カリブ海。そこに浮かぶ
太陽の楽園と称される島が
ブルーマウンテンの生産国ジャマイカです。

JAMAICA_MAP.gif

コロンブスが1494年に発見し
面積は秋田県ほど。
先住民族のアラワク人の言葉で、
ザマイカ森と水の大地に由来し、
スペイン統治時代に
ハマイカと綴られ
のちにイギリス領となり発音だけで
綴られたことにより
今のジャマイカになったようです。

そんな島だからうまいコーヒー豆が
つくれるんてすね。

首都はキングストン。
そこから車で約一時間ぼど走ると
標高2256mのブルーマウンテンピークを中心とした
東西に走る山脈。その中腹部に
ジャマイカの法律で定められている
ブルーマウンテン地区が広がります。

blue01.jpg


日当たり、風通し、降水量、肥沃な土壌と
世界が羨むほど、コーヒー豆栽培に適した自然条件。

昼夜の寒暖の差は、コーヒーのコクや香りを
時折見せる自然のベール
ブルーマウンテンミストが、強い日差しを和らげ
樹木に潤いを与えています。

収穫の最盛期は、11月から3月。
ちょうどですね。
急な斜面なため、機械で摘み取りすることが難しく、
百人以上の人の手によって手摘みされています。

blue02.jpg

その後たくさんの工程を経て
ジャマイカ産業公社と言う機関で
最終検査が行われ
先日お話にあった樽に約70kg
ぎっしり詰めてブルーのシートと
規格のしおりを挟んで
封がされます。

31_20120122125037.jpg

樽にコーヒー豆を詰めるのはブルーマウンテンだけ。
これは、イギリスの植民地時代に、イギリスから
船積みされた小麦粉などの空き樽を再利用たことに由来します。
このころからエコされていたんですね。
また、木材の樽に詰めることにより
輸送時における温度変化、湿気の吸収や放出する
ことによって品質が保たれるという
大きなメリット
があります。

その後、輸出国の港の刻印が押され

30_20120122125037.jpg

長い船旅に出て行きます。

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プロフィール

金澤屋珈琲店 

Author:金澤屋珈琲店 

コーヒー専門店金澤屋珈琲店は、石川県金沢市の金沢城公園の黒門口にネルドリップ専門の「本店」、金沢近江町市場内にはセルフスタイルの「近江町市場店」があります。

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